『ぬりたての絵を風という観客がよろこびながら乾かしてゆく ―― vol.17「菊地風起人 “家族の絵を描いて飾って”」(2026年2月27日〜3月22日)によせて』
文=平岡希望
子供の頃からいくども見てきたちいさな写真
それを大きくして色を着けてみたらたくさんのものが見えてきた
今までこんなに長い時間一枚の写真を見たことはなかった
それは記憶と知識と想像の作業、まさしく写真をみるということ
それを面白がったのは、僕だけではなかったみたいだ[1]
横浜。3月1日。緑と白の文庫本を商う私[2]は、無聊のたびに真向いのブース「街道」[3]を見た。正確にはそのうちの1冊を。ほぼ正方形の判型は、かつて本屋の入り口で飽かず眺めた回転ラック、背丈よりも高いその塔に収められた名作アニメ絵本[4]ぐらいか。そしてなによりその赤さは、アルバムの中の私、隣り合うぬいぐるみにも引けを取らないほど丸々とした幼児が着ていた、ミキハウスの小さなトレーナーを思い出させて、手に取った『Long time no see』[5]もまたアルバムだった。
「それは小さなころの私で、父が撮った写真にフォトショップで色をつけたんです」。尾仲浩二さん[6]のこの一言を聞く前から、私は前日の夜に見た菊地風起人さんの絵画群を思い出していた。callboxを埋めつくす、100枚弱のドローイング。そこには、菊地さんの幼少期と思しき男の子から、親御さんやきょうだい、あるいは親類やペットらしき姿が描かれていて、こちらをまなざす彼らの目のやわらかさが、撮影者との近さを感じさせる。菊地さんはなぜ、写真をわざわざ描くのか。「それを大きくして色を着けてみたらたくさんのものが見えてきた/今までこんなに長い時間一枚の写真を見たことはなかった」と尾仲さんは記したが[7]、その言葉は菊地さんにも当てはまるのではないか。過去の撮影者がファインダー越しに視線を交わした人たちと、ひるがえって、おそらく彼の近親であろう、その撮影者自身と出会うための時間。
絵本めいた『Long time no see』、セピアがかったその色合いからは、個人史を超えてある時代を掬い取ろうとする執念が垣間見られるが[8]、菊地さんの筆致は時代性をあまり感じさせない。服や調度、肌なんかも素早くざっくり描かれていて、だからこそ際立つのは表情だ。菊地さんは、自身にとって近しい人物を描きながらも、その人の顔かたちというよりは、もっと普遍的な表情、感情そのものを捉えようとしているのではないか。
「パーソナルなものを他人に見せてみたところに、新しい豊かさがあるんじゃないか」と菊地さんは過去に語っているが[9]、私たち鑑賞者は、出会ったことなどないその人たちのかざらない表情に、それぞれの親を、きょうだいを、あるいは過去の自分をも見出す。そんな彼らに囲まれるように配された、S30号ほどと思われるキャンバスからこちらに笑いかける男の子。彼が上体を覗かせた画面=水面いっぱいに煌めく幾重もの波紋は、彼と彼を見守る人々との交感の表れかもしれないし、私たちは、万華鏡のようなそこに「自らの心のなかに棲まう多くの人々」[10]の姿を垣間見るのだろう。
「そして、何のために絵を描くのか、つらつら考えてみた。見るために描く。見せるために描く。楽しむために描く。楽しませるために描く。考えるために描く。伝えるために描く。整理するために描く。祈りとして描く。生きた証として描く。動いた痕跡として描く。時間の蓄積として描く。まだまだ全然まとまっていないのだが、絵を描くとは、自分と他者と世界との関係性や方向性が複合的に絡まっている行為のように感じている。」[11]
〈了〉
注
タイトルは、木下龍也『あなたのための短歌集』(ナナロク社,p.19。本書ではノンブルが表示されていないため本扉から起算)による。
[1]「尾仲浩二アルバム展 こどもの日『Long time no see』」ステートメント
[2]「緑と白の文庫本」とは拙著『平岡手帖』のこと。私事だが、前日の2026年2月28日から2日間、筆者は「ZINES FAIR at CP+ 2026」というイベントに出展していた。
[3]注1の個展が開催されたギャラリー街道のこと。
[4]たとえば、永岡書店の『名作アニメ絵本』シリーズのような。
[5]書誌情報および中身については、オンラインブックショップ「写々者」(https://www.shashasha.co/jp/book/long-time-no-see )を参照のこと。
[6]尾仲氏の活動については、ポートフォリオサイト(https://www.onakakoji.com/ )を参照のこと。真向いだからとわざわざ挨拶しに来てくれた “気さくでダンディなおじさん” が、著名な写真家であることを恥ずかしながら私は知らなかった。
[7]うろ覚えだが、「写真に色をつけるため、写っている当時のものが何色だったのかをあれこれ調べた」とも言っていた。
[8]cf.,「直方は空襲を受けていないので古いアルバムがたくさん残っています。しかし、個人のアルバムはその持ち主が亡くなれば写真の価値もなくなり、捨てられてしまうことが多いようです。写された人物の後ろにはその時代の町がたくさん写り込んでいるのに・・これは個人のアルバムの中の写真を個人の思い出の品から、その地域の人たち共有の記録にしようという企画です。」(尾仲浩二 個展「セピア色の直方・アルバムの中の故郷」ステートメントより。改行については省略)
[9]cf., 『2021.02「青年からみなさんへ」/ 菊地風起人』(
[10]本展ステートメントに引用されたノンフィクション作家・柳田邦男氏の体験(河合隼雄/著,河合俊雄/編『〈心理療法〉コレクション III 生と死の接点』p.287)を踏まえている。
[11]佐塚真啓『絵かきの里計画』(https://note.com/satsuka_masahiro/n/n9412ae6e9a6b )より。