《Same but Different》 archive

c.95d8 + 森田茉結 《Same but Different》
昨年8月に香港を拠点に活動するアーティスト・コレクティブ「c.95d8」による、パフォーマンス型ワークショップを開催いたしました。
c.95d8(@c.95d8 )は、「障害を弱さではなく、違いや独自性として文化的にとらえること」をテーマに、メンバー自身もさまざまな形の障害を抱えながら活動しています。
彼らは「Crip Art Residency」というレジデンスを運営し、異なる身体的背景を持つアーティストを受け入れ、共同生活を通してこれまで展示やパフォーマンスを行ってきました。ここで用いられている「Crip」という言葉は、本来英語圏において差別的な意味合いを持つ表現ですが、あえてそれを使用することで、「障害者としての誇りや文化を積極的に受け入れる」という姿勢を表しています。彼らの行為やパフォーマンスは、「障害=弱さ」ではなく、「社会を広げるためのユニークな経験」として提示されています。
callboxにて実施されたワークショップ/パフォーマンス「Same but Different」は、以前香港で実施されたのち、昨年8月23日に大阪のアートハブ TRA-TRAVEL(@tratravelart )の企画の中でも披露されました。本作は、「身体の差異と人々のあいだに流れる時間との関係」、さらには「自分自身、他者、そしてそれらの関係性を形づくるもの」との繊細な相互作用を探る試みです。
callboxは狭小で、鑑賞場所も共用通路にあたるため、さまざまな行為が制限される環境にあります。その中で、本作が持つ繊細な表現がどのように実現されるのかを試みました。
また昨年5月に、不要となった展示会ポスターをハサミで切り続けるというパフォーマンスを行った、日本のアーティスト・森田茉結(@intertwndmind )も本展に参加し、新たな表現の広がりを模索しました。
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c.95d8
2022年に設立された香港のアート&コリビングスペース/コレクティブ。c.95d8は「クリップ(Crip)」をめぐる課題に焦点を当て、文化イベントやアーティスト・イン・レジデンスを企画・運営しています。「Crip(クリップ)」とは、英語の「cripple(身体障害者)」を当事者が再定義し、肯定的に用いる言葉です。障害を弱点ではなく新たな価値や視点の源泉とみなし、障害者運動のスラング的な自称として用いています。またc.95d8が運営する「Crip Art Residency」では、障害のある人々の生活経験を基盤としたプログラム運営を行っています。
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c.95d8 + 森田茉結
「Same but Different」
日程 : 2025年 8月30日(土)10:00〜12:00
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callbox
〒169-0073 東京都新宿区百人町1-24-8-107
JR総武線大久保駅 南口より徒歩2分
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『道を開けなさい。風のために。 Make a way for the wind. ―― c.95d8 + 森田茉結 《Same but Different》に寄せて』
文=平岡希望
山高帽の紳士たちが、凍りついた雨だれのごとく浮遊するルネ・マグリットの《ゴルコンダ》(1953)みたいに、callbox のウインドウ、その表裏には赤青緑黄色の “絵具” が整然と滴っていて、どうやら風船玉の原液を、チューブから直に塗り伸ばしたものらしい。ゆえに先っぽは垂れ落ちる水滴、あるいは線香花火のようにぷっくりとしていて、そのかすかな膨らみに黄色いストローを刺したのが Bom Lam さんと Siu Fong さんだった。香港のアーティスト・コレクティブ「c.95d8」メンバーの彼女たちはすでに「幅160cm奥行90cm」(http://call-box.jp/about/ より)の中で、共用通路を挟んだ反対の壁際から見ている私たち観客に届くのは、赤と黄色の風船玉がゆっくり膨らんでいく様子だけではない。呼吸音もまた、シュノーケルから洩れているような音色とリズムで聞こえてきて、アートユニット「キュンチョメ」の《海の中に祈りを溶かす Prayers Dissolved in the Sea》(2022-2023。https://www.kyunchome.com/prayers )では、ダイビングスーツ姿の作家が海中へ、足を折りたたみ指を組んだ体勢で沈んでいく。その口元からは、「死なないで」「幸せでいて」「海が青いままでありますように」という祈りの言葉から生まれ出た泡が伸びており、触手の長いクラゲみたいなそれは、やがて海面ではじけ、空気に溶けていったのだろう。
また、三木麻郁さんの《3月11日にしゃぼん玉を吹きながら、歩いて家に帰る Walk to home with blowing soap bubbles on March 11th》(2012-。https://311soapbubbles.wixsite.com/project )、題名のとおり、東日本大震災の起きた3月11日に、毎年シャボン玉を吹きながら各自の家へ歩いて帰るという参加型作品では、機関車の煙みたいに、吹きつつ歩く私たちの背後へ飛び去っていくシャボン玉を目で追う、ときに立ち止まって見送るその所作自体が忘却への抵抗であった。《Same but Different》の風船玉は、海面へ一直線に浮上していく気泡とも、風に舞い飛ぶシャボン玉とも違って私たちの眼前に留まる。それは紙に記された言葉みたいだ。
c.95d8 のふたりが風船玉を膨らませているそのとき、共用通路で屈んでいた森田茉結さんはきみどり色の紙テープをそっと押さえると、筆ペンで何か書き始める。このパフォーマンスは、おそらくこれまでに3回、インスタレーションとして発表されてきた《自問自答 (farewell) Ask myself questions (farewell) 》(2024-。https://www.instagram.com/p/DMfsPxfSBC0/?hl=ja&img_index=1 )に連なるもので、大事な手紙でもしたためているようなその手元から目を上げれば、紙テープは、カラフルな雫がそのまま流れ落ちてきたみたいにウインドウから床へと伸びている。どうやら風船玉の原液が、封蝋みたいにテープの先端を貼り留めているようだ。再び視線を森田さんの手元へやれば、そこには「見られているの…」という一節が垣間見えて、この7月に見た、国内外から集ったアーティスト11名によるコラボパフォーマンス(https://www.subterranean.jp/boats2 )、そこに12番目のアーティストとして急遽参加が決まったらしい宮森みどりさんは、「人がいっぱいでつかれるね」「誰かと目が合うと気まずいね」…とつぶやいていた。
宮森さんの声が聞こえてきたのは、2時間超のパフォーマンスが始まってまだ20分も経たないころだったろうか。個々のアクションがコラボへと動き出したあたりのことで、そこには、飛び入りという自身の“寄る辺ない” 立場を透かして、不在の誰か(たち)が感じている不安のようなものまでが代弁されていた。さらに4ヶ月さかのぼれば、たしか「見られてないとできないけど、見られてるとできない」と言いながら、うらあやかさんは《未題(ヤダヤダ)》(2025)を始めた。題名のとおり、コンクリート打ちっぱなしの床に背をつけ、「やだ!やだ!」と両手足を動かしていたように、これらのパフォーマンスには、不満や戸惑いを押し殺すのではなく、新鮮なうちに、軽やかに表出していくためのエクササイズ的な側面もあったのではないか。
そうした感情が声と身ぶりによって実体化され、たちまち空気へと霧散して、空間を共にする私たちの鼻から肺、そして血中へと取り込まれていったのに対し、森田さんが、恥ずかしがって身をよじるような紙テープをそっと押さえ刻んでいく言葉に含まれた、他者へのいらだちや不快な記憶はいつまでも消えずに堆積していく。彼女は、この5月にも callbox で《Untitled (Once again/In the another way II) 》(2025)と題したパフォーマンスを行っており、会期が終わり廃棄された大量の展覧会ポスターをハサミで細切りにしていた。そのとき、callbox の空間にはゴミ袋が積み上げられており、入室した森田さんがそのひとつを破ると、あらかじめ短冊状に切られたポスターがこぼれた。短冊を1本ずつ手に取って、さらに細く切っていく姿は、シュレッダーのごとく不要なものを消し去っているというよりもむしろ、大切な何かをくるむための、ふわふわとした緩衝材を作っているようで、そしてその “大切な何か” には森田さん本人もまた含まれているのではないか。それは、貝が異物に対する防御反応として真珠層を形成するようなもので、細切りになった紙切れがかさを増していく様子は、今にして思えば風船玉の予兆めいてもいたし、“自分だけでは消化しきれない何かと適切に距離を取るための術” という点でも、両者は共通しているのだろう。
《Same but Different》は、これまでに香港(https://aagff.mplus.org.hk/en/programme/the-happening-the-sound-of-skin/ )と大阪(https://tra-travel.art/producing/ )の2か所で発表されたようだが、“an interactive performance” や「パフォーマンス・ワークショップ」と銘打たれているように観客との相互作用が重視されていた。ウインドウを見る私の真横で赤と青の風船玉が膨らみ始めたのは、観客にもチューブとストローが手渡されたからで、森田さんは、すでにいくつか風船玉が膨らみ、臓器に満ちた人体めいてきた callbox へ入ると、ストローを原液に突き刺した。一方、入れ替わるように外へ出て、筆ペンに持ち替えた Bom Lam さんの目の前、ウインドウを這うように留められた紙テープは臓器と臓器とを結ぶ管のようだ。ならば、私たちが立っている共用通路もまたビルにとっては血管かもしれない。彼女が “BLOOD VEINS” としたためたのは、1階店舗のスタッフさんや、上階のバレエスクールに通っているとおぼしき親子連れが通りがかったちょうどその頃だったろうか。綴られる文章が血液のように紙テープを満たし、Bom Lam さんは時折、垂直に落ちるテープへ横書きするため、上体を窮屈そうに曲げた。森田さんは、自身の作品だから熟達しているし、縦書きも横書きもできる日本語を使っているということもあってそうした姿勢はとっておらず、続けて出てきた Siu Fongさんは、床でとぐろを巻く紙テープに左足を添えると、なかば前屈するような姿勢で右足のペンを動かしたが、その身ぶりひとつにも各人の個性、バックグラウンドが垣間見えた。
Siu Fong さんが床に伸ばした紙テープを、さらに足で伸ばしながら進む Bom Lam さんは、道路の白線から落ちないよう真剣に歩く子どもみたいで、そばで見ていた観客のTさんに、風船玉を一緒に膨らませるよう身ぶりで伝える。互いの鼻先まで十数センチほどだった両者の距離は、赤と黄色のマーブル模様の風船玉が膨らむにつれだんだんと広がっていって、工藤春香さんのインスタレーション《あなたの見ている風景を私は見ることはできない。私の見ている風景をあなたは見ることはできない。 I cannot see the landscape you see. You cannot see the landscape I see.》(2022。https://www.mot-art-museum.jp/en/exhibitions/mot-annual-2022/ )においても、展示室中央に吊られたS字状の “レースカーテン” が、私たちを適度な距離に保った。風でかすかにゆらめくそれは、障害にまつわる法律等をまとめた年表で、両面に印字された長大な歴史を読み進めていくことは、名も知らぬ誰かと、カーテン越しに向き合うことをも含んでいた。
互いの呼気が混ざり合い、ビーチボール大になった風船玉は私たちを繋げながらも隔てていて、膜越しに見る相手の輪郭は、淡く色づき、そして少しにじんでいる。そうした感覚は、callbox が独立したスペースでありながら、同時にビルという身体を構成する細胞あるいは臓器のような立場でもあり、“同じだけど違う” 近隣の店舗とゆるやかに協調している/せざるをえないために際立ったのではないか。
風船玉がいくつもくっつき、青、きみどり、オレンジの紙テープが毛細血管みたいに張り巡らされたウインドウは、それ自体が田中敦子の《無題》(1965。https://ifatz.repo.nii.ac.jp/records/223 )のごとき1枚のタブローと化して、その奥でなおも祈るように風船玉へ息を吹き込み続ける3人の身体は、ステンドグラスの光でも浴びているかのように、まだらに染め上げられていた。〈了〉
注)タイトルは、オノ・ヨーコ『グレープフルーツ・ジュース』(南風椎 訳, 講談社文庫, p.94 および p.106)による。
備考)引用したURLの最終閲覧日はすべて2025年9月18日である。
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「慣れ親しんだ土地のような日本」
文=田中 昌樹
誰に急かされる訳でもなく、しかし何か忘れてしまう事のできない、その記憶を反芻しながら1週間程経ってしまった。どうやら多様性という言葉を前に二の足を踏んでいたらしい。ガラス一面に幾つもくっ付けられた粘着質なそれは子供の時に歩いた路上に吐き捨てられたガムを思い出す。吐き捨てるという行為はこの土地に愚痴や負のエネルギーをマーキングしているとも思える。それが垂直にガラスにへばりついているのである、パフォーマンスはそのへばりついたポリバルーンを膨らませる。観客も含めて何回も行う。それに参加し、下を向きながらゆっくりと優しく膨らませる、まるで長い長い溜め息のようだった。あっという間に終わったように感じた。2時間も経っていた。片付けの最中、両腕のない彼女は片足でカメラを持って器用に水平垂直に動かしてアーカイブを撮っていた、そういえば彼女はピアスを着けている。どうやって着けたのだろう。彼女が何ができて何ができないかよく分からなくなってしまった。だけど彼女なら足で器用にピアスを着けてしまいそうな、そんな気持ちにさせてくれる。新宿で彼女らと別れた。彼女らは新宿の人混みを談笑をしながら素早く歩いていった。きっと香港は新宿にとても似た街なのだろうなと思い。なぜここでパフォーマンスをやりたいと思ったのか少しだけ分かった気がした。
(c.95d8パーフォマンスについて)
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Photo : Tomoko Rikimaru
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