『手紙の入っていない封筒――企画展 vol.13「中村悠一郎 4つのポストアーティスト Series 1 キャロットランゲージ」(2025年8月2~7日)に寄せて』

文=平岡希望


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 揺らめく櫓が残していった水紋を、そのまま写しとったような文字(列)だ。callbox内に配された3台のモニターを流れ行くキャロットランゲージは、ウインドウ右横のステートメントによれば「様々な世界中の言語の文字を一文字ずつ並べかえて、意味がまったくわからないようにして」作られているらしく、その上のラックからDMを取る。製本中の学術書から抜け落ちたようなそれを開くと、右下には、


私はキャロットランゲージです
I am Carrot Language
나는 캐럿 언어입니다.
मैं गाजर भाषा हूँ (ヒンディー語)
Ben Havuç Diliyim (トルコ語)
Я — Морковный Язык (ロシア語)

mキ언çЯ私हgमैं


という例文が記載されており(括弧内の言語については推定)、どうやら各言語から、バラバラに1文字ないし2文字ずつ抽出し羅列したものがキャロットランゲージとなるようだ。

 冒頭のキャロットランゲージは、続く「揺らめく櫓が~」の1文を、Google翻訳を用いて英韓露、タイ語、タミル語、チベット語、テルグ語、トルコ語、ヒンディー語、マラヤーラム語、ミャンマー(ビルマ)語の11言語に翻訳し、各言語からバラバラに3文字ずつ抽出しランダムに配列したものだ。上述のルールを把握すれば鑑賞者も“キャロットランゲージ話者”となれるように、3台のモニターにおいては話者「P」と「D」が対話をしているのだが、お互いに「意味というのは全くわからないので、文字が持つ造形的な要素などが手掛かりとなり、そこから考えたことにインスピレーションを受け、応答するということの反復を繰り返した」(DMより)。
 私もまたキャロットランゲージを作ってみる上で、映像中で使われているとおぼしき言語を使用しつつも、「揺らめき」や「水紋」のイメージにつながりそうな形の文字を選んでおり、その一環として開いた『世界の文字と記号の大図鑑 ー Unicode 6.0の全グリフ』(ヨハネス・ベルガーハウゼン,シリ・ポアランガン 著,小泉均 日本版監修,研究社)、横長の分厚いアルバムめいたそこには、蒐集された古今東西の文字が可憐な切手のように並んでいた。キャロットランゲージを作るということは、切手帳から1枚、また1枚とピンセットで拾い出しては、封筒へそっと貼り並べていくようなものかもしれない。その封筒を開けても“手紙”は入っていない、しかし連なる絵柄の美しさ、その数珠繋ぎのイメージが、万華鏡のごとき詩句となって届くのだろう。


大切に仕舞っておいた便箋に文字が生まれてゆくのをみてた
(笹井宏之『えーえんとくちから』ちくま文庫,p.121)


真っ白な便箋めいた画面では、「P」と「D」の“文通”がゆっくりと、いつまでもまたたいていた。

〈「Series 2 メタメタメタバース」(2025年8月9~14日)へ続く〉

 
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