『彼らはついに王の姿を見た。すなわち、彼らこそシムルグであり、シムルグとは彼らの一羽一羽、そして全員であることに気づく。 ―― 企画展 vol.13「中村悠一郎 4つのポストアーティスト Series 3 オルタネームコミューン」(2025年8月16~21日)に寄せて』
文=平岡希望
ではイスパッダデン・ペンカウルのむすめオルウェンを所望いたしまする。このお願い、またここにおいでの騎士がたのお手にもゆだねまする。カイ殿、ベドウィル殿、グレイダウル・ゴルドニド殿、またグレイダウルのおん子グイシル殿…
(『キルッフとオルウェン』より。井辻朱美 訳『シャーロット・ゲスト版 マビノギオン ケルト神話物語』原書房,p.123)
物語において、名前とは細胞のようなものなのかもしれない。「ケリドン候の子キリドが一子キルッフ」(同)が、アーサー王に「願い事の成就を求め」(p.130)るべく列挙したのは200を超える騎士や諸侯の名と逸話で、その狂おしいまでの詳細さが神話に血肉を与えるように、2025年8月18日現在、150に迫ろうという中村悠一郎さんの別名義が収蔵されている Cream Soda Museum(https://creamsodamuseum.org/ )もまた、
1冊の書物となることを神に命じられた詩人アンナ・アフマートワの生きた時代は、詩集とは単に詩を集めて綴じた本ではなく、現代と同じく、ある世界観の具現であった。
(高柳聡子『埃だらけのすももを売ればよい ロシア銀の時代の女性詩人たち』書肆侃侃房,p.49)
ある世界観を具現化した1冊の詩集といえるのではないか。目の前のパネルに貼り散らされた数十枚のステッカーには、『Cream Soda Museum』から “引用” された「へへ・ヘペル・へへ」「カレーライスギャラリー」「ターハー・ナジーム」…だけでなく、 古今東西のフィクションから集められたとおぼしき固有名詞も入り混じっており、「詞華集」とも訳される「アンソロジー(anthology)」は古代ギリシャ語の anthologia、すなわち「花(anthos)を集める(logia)」に由来するようだが、目の前のそれはまさに一抱えほどの “花束” だ。
そして、その一輪一輪を特徴づけているのがデザインであって、たとえば、標準的なフォントではいたって淡白な Mineral Water Gallery も、装飾性に富んだ、高級感のあるフォントを用いたステッカーでは(コマーシャル)ギャラリー風の洗練を漂わせている。callbox が入居する新宿タウンプラザビル前にも、様々な意匠を凝らした看板がソーラーパネルのように並んでいるけれど、それは Cream Soda Museum においても一緒だ。各作家ページの “顔” である画像、そこに使われている色や字体は、時にプロフィール以上の雄弁さをもった “エージェント” として機能して、
多くの人が考える読書は、〈「作者」→「小説内の語り手」⇆「読者」〉という三つの次元で成り立っている。だが、これは作者優位の不均衡なとらえ方であって、正しくは〈「作者」→「小説内の語り手」⇆「小説内に入り込む読み手」←「読者」〉と次元をひとつ増やすべきではないか、と私は誰に頼まれるでもなく考えたのだった。
読者は常に全人格を没入させて読書するわけではない。むしろ「読み手」をスパイのように虚構の中へ派遣しているだけだ。その「読み手」と「小説内の語り手」が共謀して、物語は初めて前へ進む。あるいは後退する。
(いとうせいこう 編『存在しない小説』講談社文庫,pp.252-253)
そしていうまでもなく、どんな作品もそれは印刷された本文とそれぞれの読者の意識の界面に生じる流動的な文様に過ぎず、(…)読書という行為を根底から支えるのは字義通りの意味での夢想であり、夢想により文字が活性化し沸き立った状態のことをわれわれは作品と呼び、(…)その夢想の場との関係において、たぶんわれわれはこの暗鬱な現代の日々の暮らしを、やっと生き延びている。
(管啓次郎 解説『ペソア・プロジェクト、あるいは他人として夢をみること』より。同書,p.316)
鑑賞者もまた、“鑑賞者” という「オルタネーム」をウインドウの向こうへ送り込んでいるのではないか。そして、それぞれに異なる世界観を背負った他のオルタネームたちとの関係性は、一対一でも、一対多でも、多対多でもなく一対一対一対…のはずで、そうした多方向的な出会いのネットワークを夢想し、結び目の一つたる自らを仮構する束の間、私も「仮蜜柑三吉」も「I・A・アイアランド」も、出自を超えて “オルタネームコミューンの成員” という新しいアイデンティティを獲得し、ひるがえって、オルタネームコミューンという運動体を沸き立たせていたのだろう。
〈「Series 4 カンヅメコノミー(2025年8月23~28日)」へ続く〉
注)タイトルは、J.L.ボルヘス『アル・ムターシムを求めて』(鼓直 訳『伝奇集』岩波文庫,p.51)による。